今中国ビザ再延長のために香港にいます。
普通ビザ取得のためには専用の紙にいろいろ記入して写真張って…と面倒なことこの上ないものですが、なぜか香港だとお金と写真一枚とパスポートをエージェントに渡すだけで翌日にはアッサリ長期ビザがとれてしまうのです。
なんだ、つまりは金がほしいだけのことかって気もしますがね。
ちなみに過去、ビザ・入国書類で「えっ?そんなこと書かせるの?!」って思わせたベスト(ワースト?)3は…
第3位:宗教を書け(1996年シリア 入国カード)
無難に「仏教」と書いておいたが、もし「ユダヤ教」と書いたら入国拒否か?!
第2位:瞳と肌の色を書け(2003年ビルマ ビザ申請)
「肌色」じゃ答えになってないし、さりとて「黄色」と書くのもなんか嫌だったので「茶色」と書いておいた。実際日焼けしていて真っ黒だったからね。
第1位:ここ3年納税している現地人2名の名前を記入し納税レシートを添付せよ(2004年バングラデシュ ビザ延長)
「ツーリストなのにそんな都合のいい知り合いがいるわけないでしょう!」と係官に文句を言うと「なら諦めな。それとも…」とワイロの請求。なんだ?ユスリのネタか?!無論拒否。クサレバングラ役人。
2006年6月2日金曜日
ビザ延長
2004年3月3日水曜日
文化の壁
私の旅では、ある国に行ったらその国の文化風習に従うのが大原則である。
しかしたまに例外もあって、紙拭き文化の中国で水で洗っていたら変な目で見られた、というのは以前書いた。
そしてもう一つあった。
それはインド・バングラデシュにおける座りション文化である。
一度試しにやってみたのだが、長年の癖でしゃがんでしまうとウンコをしてしまいそうになるのだ。
これはアセった。
しかしこの座りションもこの国の文化に合っているのだ。
男でも足首まである長い巻きスカート(ルンギ)をはくので、立ちションしようとすると、ガバッとたくし上げなければならず、座ってチョロチョロやった方が都合がいいようだ。
ちなみにズボンの人も座りションする。
ズボンを脱いじゃうわけではなくてチャックだけ開けてする。
また便所には座りション用便器まである。
便器といってもただ足置き用のブロックが2個あるだけで穴はない。
前方に溝がある。
お隣ビルマでは男女共にルンギ着ていて、男は同じように座りションだが、何と女性は立ちションである。
道端で難しい顔してジッと立っている人は、もよおし中か考え中である。
もちろん足元やすそはビショビショになるが一日に何度もルンギつけたまま水浴びしているので問題無いらしい。
いやはや、所変われば、ですね。
2003年12月1日月曜日
スーパーマリオ
ビルマでのこと。
宿の受付にファミコンが置いてあった。
宿の兄ちゃんがスーパーマリオをやっている。
しかしとにかく下手クソなのだ。
スタートしていきなりクリボーに激突!
パックンフラワーに特攻!
奈落の底へ墜落!
何度も何度も挑戦するのだが同じ所で同じ様に死んでばかり。
後ろで黙って見守り続けていたけどもう耐えられない!
ちょっとコントローラー寄越せ!
隠し土管からワープして目の玉をひん剥かせ、ノコノコを使っての無限増殖で小便を漏らさせ、ピーチ姫を助けてクリアーし失神させてやった。
電子立国日本の面目躍如である。
しかし中国では麻雀(任天堂)をやっていた中国人が「これアガれない!不良品アルヨ!」と怒っていた。
役無し麻雀しか知らない彼らにその理由を説明するのは不可能だった・・・
2003年9月6日土曜日
ハッピーバースデー!
一年前私は30歳になった。
いったいどこでこの記念すべき日を迎えるのだろう、とだいぶ前から気にしていたのだが、結局東チベットのとんでもない山深い中で、しかも周りに人も住んでいないような所なのでその辺の空き地にテントを張ってキャンプしていた。
暗くなるとやることもないのでさっさと寝た。
静かな30歳の訪れだった。
しかし翌朝目が覚めて外に出てみると、昨日は雲がかかっていてわからなかったのだが目の前にドカ〜ンと巨大な三角形の雪山が顔を見せていた。
誰にも祝ってもらえなかったけどこの山だけが祝ってくれているような気がした。
しかしそもそもチベット人は誕生日を祝う習慣はないらしい。
それどころか一般の人は自分の誕生日すら知らないのだ。
(ダライラマだけは特別で、ラマの誕生日はチベットの祝日)
大切なのは日ではなく生まれた曜日である。
これはビルマ仏教でも同じで、各曜日ごとに自分の守護動物(?)があり、それに願をかけるのだ。
日−トリ、月−トラ、火−ライオン、水(午前)−牙ありゾウ
水(午後)−牙なしゾウ、木−ネズミ、金−モグラ、土−竜
あなたは何曜日生まれですか?
2003年8月19日火曜日
去り難しビルマからの道
8月15日、バンコクに向かう便に乗るため空港に向かう。
無事チェックイン、出国審査も済ませ、あとは搭乗を待つのみ。
しかし!
いつまで経っても搭乗のアナウンスが入らない。
1時間、2時間・・・やっと人の動きがあった。
でもそれは乗り込むためではなく係りに詰め寄るための動きだったのだ。
聞けばエンジントラブルのため今日の便は欠航、今日は近くのホテルに泊まってもらい、明朝の便に振り替えるとの事。
そう言えばさっきから外で「キュイーン、キュイーン」と何度もエンジンの音がしてたっけ。
別に急ぐ旅ではないので豪華ホテルにタダで泊まれるならそっちの方がいいや。
その日は豪華ディナーのあとプールで泳ぎACの効いた部屋でフカフカのベッドにもぐりこんで快眠。
翌朝・・・
指定された時間に空港に着くとそこはすでに狂乱の事態。
元々この便の予約をしていた分に昨日の客が入りこんだもんだから大量のオーバーブッキングが発生。
社会人休暇で来ている人は、「これが限界だ!会社にどう説明するんだ!」
と詰め寄るし、昨日の客は、「2便もキャンセルとはどういうつもりだ!」
と詰め寄るし。
私としては別に急ぐ旅ではないので豪華ホテルにまたタダで泊まれるならそっちの方がいいや、と早々に搭乗を放棄しホテルに戻って飯食ったりプールで泳いだり。
この日の夕方の別会社便にも振り替えがあったのだがそれにも乗れずに結局合計3便とばされ、48時間後の4便目にやっと乗れました。
しかしこの間まったく抵抗することなく、逆に嬉しそうに指示に従っている私の態度に職員も気づいていたようで「You have happy life in Yangon!」
とイヤミめいたことまで言われてしまった。
貧乏ってやだね。
成り難しリコンファームの道
バンコク行きの航空券のリコンファームをやりに、ヤンゴン市内のインディアンエアラインズのオフィスに行った時の事である。
予定より早めの便に変更してもらうよう申し出たところ、返ってきた答えは
「早めの便どころか元々の便もないわよ。」
一体何を言っているのかよく理解出来ない。
もう一回詳しく言ってよ。
「8月に入って突然ミャンマー政府がインディアンエアラインズに対し許可を下ろさなくなったため以降の便は全便キャンセル。もしバンコクに行きたいんだったら41ドル払えば別会社の便に振り替えてやってもいいわよ。」
オイオイ!やってもいいわよじゃねーだろ!!
そっちの責任なんだからそっちが代替金保証すべきだろう!
と怒ってみるも
「今はマネージャーがいないので明日もう一回来い。」
明日もう一回行ってみる。
ターバン巻いたインド人マネージャーと対決する。
しかしさすがはインド人、こっちの話には全く耳を貸す様子はなくわびの一言もなし。
「半分しか飛んでないんだから半額返却せよ」と言っても
「これは安チケットだから返却は出来ない」とか、
「なぜ許可却下を事前察知出来なかったのか?業務怠慢ではないのか?」と言っても
「ミャンマー政府がすべて悪いのだ。こっちこそ被害者だ」とか、
「41ドルも手持ちがない(ビルマでは現在カード・TCの使用一切不可)」と言っても
「どっかで借りるかしてかき集めてこい」とか。
挙げ句の果てには
「このままごね続けてもビザが切れて不法滞在になってもっと困った事になるぞ!」
と脅しみたいな事を言われる始末。
それでも交渉の末、何とか30ドルまでまけさせるが、どうも釈然としないままバンコク行きのチケットをひとまず手に入れる事が出来た。
しかしこれで終りというわけではなかったのだ・・・
バングラ・ビルマ比較概論第一(2単位)
バングラデシュとビルマ。
地理的には東西に接する国同士であるが、その性質はまったくもって異なる。
海を挟んでいるわけでもなく、ヒマラヤのような巨大な山脈を挟んでいるわけでもない。
しかしありとあらゆる点が違うといっても過言ではあるまい。
気づいた点を列挙してみよう。
・顔
彫りのふかーい顔立ちのバングラ人。日本人とそっくりのモンドロイド、ビルマ人。ビルマ人の顔はタイ人よりも日本に近いような気がする。親近感が湧きます。
・人柄
外国人を見ればほおっておけない強烈な好奇心を持ち、熱く正義感溢れるバングラ人。シャイで静かなビルマ人。バングラでこれでもか!というくらい質問攻撃を受けてきたのに対し、ビルマではだれも話し掛けてこないので、顔が似てるから気づかないのかな?と思いきや、やっぱり外国人とはわかっているけど声かけるほどの勇気はないらしい。
・食べ物
インドと同じようなカレー・香辛料中心のバングラ料理。いろんな味付けのあるビルマ料理。油っこいと評判の悪いビルマ料理ですが、8ヶ月間カレーばかり食べてきた私にとっては天国のような毎日です。
・服装
男は洋服、女はサリーが標準のバングラデシュ。男性は家の中ではルンギという巻きスカートをはきます。しかしビルマではこの巻きスカートが男女ともに外出着となります。巻き方が両国でちょっと違ってバングラ巻きでビルマを歩くと「違うよ」と注意されちゃいます。でもバングラ巻きの方が緩みにくいので私は好き。
・交通
先行く車があったら追い越さずにはおれない気狂いドライバーばかりのバングラ人。対向車が来るとライト点滅させ端により減速して道を譲るビルマ人。これは歩行者も同じで、ひたすら直進してくるバングラ人と、さっと道を譲るビルマ人。ビルマでは町で信号がちゃんと機能しているのにも驚かされました。
どちらも日本の中古車を大量に輸入しているので、街で見るのは右ハンドルの日本車ばかり。しかし共にイギリス領だったのに、バングラは左通行でビルマは右通行。だからビルマ車は追い抜く時はすごく大変そう。輸入されたバスも右側をぶち抜いて出入り口を付けています。(左側の元々ある扉は開かずの扉)
・ボリ方
観光大国タイとインドに挟まれ忘れられがちなこの2国。観光客が少ない分、どちらも観光ズレしていない素朴な旅が出来るかなあと思っていたのですが・・・
バングラデシュは素朴そのもの。まずボッてくるということ自体ほとんどないのですが、ごく稀に買い物しようとしてちょっとでも相場より高い値段を言おうものならそばにいた客が「てめえ、言葉の不自由な外国人からボろうとはふてえ野郎だ!正しい値段で売ってやれ!ついでにオマケも付けてやれ!」と怒ってくれるのでいつも安心して買い物出来ます。
しかしビルマにおいてとても驚いたのが、庶民向けの店や食堂でも平気な顔してぼってくるのです。しかもそのボリ方が相場の2倍3倍という大胆さ。ぼっている事に気づいて値切ろうとしても頑として譲らず駆け引きを知らない。特に観光地はひどい。一般市民がそれを見ても見ぬふり。政府のやっている外国人料金制度に商店も追随している感じがします。
しかし今回私が見たビルマは都市と観光地だけなので、一面から見ただけでこの国を判断するのはよくないですね。
もっと田舎や普通の町に行けばきっと素朴な人達に会えるんでしょうね。
ビルマの竪琴
今回ビルマを訪れた理由は、昔映画「ビルマの竪琴」を見ていたく感動したかの地を自分の目で見てみたい、というものでした。
実際来てみるとやはりあちこちの寺に「○○巡礼団寄付金¥30000」とかあって多くの日本人がこの地に関係していることが分かります。
そういう寺の参道の土産屋には「ビルマの竪琴そば」や「遺骨収拾に行ってきましたクッキー」が売っていたり、水島上等兵の顔をくり貫いた看板で記念撮影が出来るようになっていたりするようなことはありません。
寺がものすごい数ありもちろん僧侶も沢山います。
彼らは人々から尊敬されてはいますが、大観光地バガンにいたある僧は歩いていると近寄ってきて
「チェンジマネー?」
小坊主がワーッと近寄ってきて、写真撮ってよ、というのでパチリ撮ると
「1$」
観光地は僧侶をも腐らせるらしい。
(写真:お金はあげないよ!)
パスポート作成料99%OFF!!
日本で10年物のパスポートを作ると15000円。
諸外国の日本大使館で作ってもそれ相当の現地通貨を払わなければなりません。
しかし!
ビルマにおいてはそれがたったの120円で出来てしまうのだ!!
スゴイ!大安売り!!太っ腹!!!
からくりはこう。
ここビルマにおいては公定レートと実勢(闇)レートの差が130倍もある。
銀行なら1$=7チャットしかくれないのに闇なら1$=1000チャットくれるのだ。
もちろん銀行で両替する人なんて誰もいないのだが、さすがに政府機関である大使館が闇レートで換算するわけにもいかないので公定レート換算すると、たった120円ぽっちでOKとなってしまうのだ。
だからパスポートの期限が切れそうな年の海外旅行は迷わずビルマにすべし。
戸籍謄本だけもってビルマに行けば観光ついでに新パスポート作れるよ。
ページの増補だけなら15円。
ただし大使館がドルばらいのみ可、とルール変更したら終わりですけどね。
(他国の大使館はみんなドルばらい。こんなばかなことをしているのは日本大使館だけです。いかにもお役所的ですね)
遙かなりビルマへの道
7月28日10:00、定刻通りカルカッタを飛び立ったヤンゴン経由バンコク行きインディアンエアラインズ727便は2時間のフライトの末ビルマの首都ヤンゴン上空にさしかかった。
窓からはヤンゴン郊外の風景が眺められる。
機は徐々に高度を下げその街並みもどんどん間近に迫って・・・
アレ?アレアレ??
だんだん遠ざかってゆく?!?!
錯覚ではなく間違いなく機は上昇しているのだ!
やがてアナウンス。
「何だかよく分かりませんが現在ヤンゴン空港が閉鎖されているのでこのままバンコクに向います。」
2時間後、何だかよく分からないままバンコクに着陸してしまった。
「ヤンゴンに向う方はこのまま席でお待ち下さい」
そう言ったままひたすら待たされる。
スッチーに聞いても
「何だかよく分からないのよ。この後取り合えず再びヤンゴンに向うけどまだ閉じていたらカルカッタへビューンね」
おいおい、ビューンじゃねーだろ。
ヤンゴンに向うのは私以外には、インド仏跡巡礼ツアー帰りのビルマ人団体。
さすが静かなる仏教国の人々だけあって皆おとなしく席に付いて冷静に待っている。
これがインド人だったらみんな口々にわめきたてスッチーに詰め寄りどさくさに紛れてケツを触ったりして大変なことになっていたところだろう。
私の頭の中では色々な考えが錯綜する。
突然の空港閉鎖ということはクーデターでも起こって反乱軍が空港やTV局を占拠し近づいてきた飛行機は無差別に対空砲で打ち落としたりしているのか?
カルカッタに戻らされたとしてもこっちのミスじゃないから代替出来るまで豪華ホテルでウハウハか?
もうビルマに行くのめんどくさいから3度バラナシで時間つぶすか?とか。
そうこう考えているうち機はバンコクを飛び立ち再びヤンゴン上空にさしかかる。
機は高度を下げる。
どうか打ち落とされませんように・・・!
やはり1年おきくらいに初詣に行きおみくじを引いたりするような信心深さが功を奏したのだろう。
何事も無くヤンゴン到着。
結局色々聞いても閉鎖の理由はよく分からないままだった。
今年は初詣に行ってないので、来年は行くことにします。
