去年北京で居候させてもらっていた中国の友人、張くん(仮名)からメールが届いた。しかしそれはいつもの彼のアドレスではなく、サブのアドレスから送信されていた。
当時彼の家には私の他にフランス人ピエール(仮名)も泊っていて、夜な夜な三人で語り明かしたものだ(三人とも世界を駆けるサイクリストだ)。しかしそのメールにはピエール(仮名)がチベットで逮捕され国外へ強制追放されたらしい、と書かれていた。彼は道なき道を行くのが好きな完全Mタイプの男なので、おそらく今回のチベット騒動を全く知らぬままどこかの町へたどり着いたところ拘束されてしまったのではないかと思われる。
その彼の荷物から大量のダライラマの写真が見つかってしまった。実はそれらは以前私が「チベットへ行くならラマの写真が何よりの贈り物になる」と助言したために、張くん(仮名)がこっそりプリントし彼に持たせた物だったのだ。コイツは怪しい、とにらんだ中国公安はピエール(仮名)の荷物を徹底的に検査したようで、手帳に書かれていた張くん(仮名)の連絡先を(無論私のも)チェックしたのだろう、張くん(仮名)のメールアドレスは突然消滅、ホームページは封鎖、電話は盗聴が入っている模様。以前は問題なく開けた私のホームページは現在中国本土からでは見れなくなってしまったという。いよいよ対岸の火事ではなくなってきた気が・・・。
さすがはオリンピック開催国、フトコロの深さがうかがえる心温まるエピソードをお送りしました。
2008年4月3日木曜日
ネットにも載らない、本当にチベット・中国であった怖い話
2008年2月16日土曜日
外国人宿泊事情
中国のとある小さな町でのこと。
いつも通り10元(150円)の安宿にチェックイン。
中国では外国人が泊まっていい宿(高級)とそうでない宿(低級)が決まっていることが多く、いつも安宿に泊まろうとするときには事前に外国人であることを告げ、泊まっていいかどうか確認しておく。
多くは「没問題!」と歓迎してもらえるのだが・・・。
スヤスヤ眠りについた夜中1時、突然ドンドンとノックの音。
ビックリして扉を開けるとオーナーが申し訳なさそうな顔して「外国人はこの宿には泊まれず『安全な』別の宿に移動せねばならない、と公安から命令されました」という。
だから確認しておいたのに!とオーナーを責めるわけにはいかない。
私が訪れるような普段外国人が来ないような町の宿では、そういったルールがあることすら知らない人が多く、夜に宿泊者名簿を公安に届けた時点で指摘され初めて知る、ということが結構あるのだ。
しぶしぶついてゆくとそこは大理石ロビーのきらきら輝く町一番の高級ホテル、一番安い部屋でも260元(4000円)!
そんなお金はない!!
翌朝両替するつもりだったので手元には50元しかなく本当に払えないのだ。
仕方ないので今度は公安まで出向いて「お金が無いので公安の命令には従えない。安宿に泊まれないのならこの町で一番『安全』なこの公安の建物の中で寝させて欲しい」と駄々をこねてみると、さすがに公安も渋い顔をし「それはちと困る。ちょっと待て」と言ってその高級ホテルに電話をかけた。
「今からそっちに貧乏な外国人が行くから10元で泊めさせてやれ」
260元をなんと10元に値切ってくれました!
96%OFFのスーパーディスカウント!!
鶴の一声!歓迎職権乱用!不滅国家権力!!中国公安バンザイ!!!
しかし夜中の1時2時に町中を移動させるのが『安全』のためですかね~??
2008年2月13日水曜日
動物愛護協会
「食は広州にあり」といわれるだけあって、ここの食文化はすごい。
市場に行くと、牛・豚・鳥にとどまらず、犬・猫・カエル・蛇・さそり・ムカデ・ヒトデなどなど昔ゴム製のびっくりおもちゃでしか見たことないようなのが食材として売られている。
オバちゃんが洗面器の中でウジョウジョうごめくサソリを一匹一匹つまみ出して活きのいいのを選んでいたりする。
レッサーパンダみたいなのとかも小さなオリに入れられて売っていて、そんじょそこらの動物園なんかよりよっぽど品数豊富である。きっと裏ではジャイアントパンダも高額で取引されているとみた。
中国人の食に対する執念を感じる。
食材となる犬や猫は狭いオリの中にギュウ詰めにされ、自らの運命を悟っているのかグダリと元気がない。
しかしその食材店の横にはなんとペットショップがあって、そちらでは毛並みツヤツヤのワンちゃんが一匹ずつきれいなオリに入れられたりしていて。
人間様以上に畜生の世界も血筋が悪いととんでもないことになっちゃうのだなあ。
しかしこれは2003年のSARS騒ぎ以前の話。
その後ここを再訪したら、その市場はきれいにサラ地になってしまっていた。
2008年2月6日水曜日
高地順応
初の4000m峠越えの時のこと。
そこは50km移動する間に一気に2400m標高が上がる行程。さすがに一日で登ってしまうのは危険だと思い、のんびり2~3日かけて体を慣らしながら行くつもりだった。
しかし動き始めたら体がとても軽く、気がつけば既に4200mの峠手前まで来てしまっている。
肉体的疲労や多少の息苦しさはあるものの、高山病でよく言われる頭痛・吐き気等は全くなく快調そのもの。
夕方になりちょうど道路工事の人からお声がかかりそのままそこの峠で泊まる事にしてしまった。
翌朝・・・。
ズキズキ酷い頭痛で目が覚めた。気分が悪く食欲もわいてこない。
これが世に言う高山病ってやつか!やはり一日で一気に登ってしまったのは無茶だったか。
こういうときは何よりもまず下界に向かうことだ。
おっちゃんたちに礼を言ってフラフラと峠を下り3000mまで高度を下げた。
しか~し!
一体どうしたことだろう、症状は一向に改善せず。
それにしてもこのムカムカ感、過去にも経験したことがあるような気が・・・。
思い起こしてみれば昨晩は歓迎の白酒(60度)攻撃+エンドレスご飯+歓迎の牛一頭ほふって焼き肉大会で気持ち悪くなるほど飲み食いしたんだった。
ということはこの頭痛と食欲不振の原因は高山病なんかじゃなくて、日本でも幾度となく経験したことのある二日酔いと食い過ぎに過ぎなかったわけか。
結局以降もほとんどを4000m以上で生活したにもかかわらず一度も高山病らしき症状はナシでした。
2008年2月5日火曜日
喰道楽
巷では餃子に農薬が含まれていたというエキサイティングな話題で持ちきりだが、去年末には中国国内で一つの即席麺を食った児童4人が泡吹いて即死というファンタスティックな事件があった(中国国内ではニュースでやっていたけど日本ではどうかな?)ばかりなので「まあ当然かな~」と別段驚きもせず。
中国といえば肉マンにダンボールを混入するというエキセントリックなネタも提供してくれたが、あの時も「それくらいだったらみんなやってるだろうな~」と思った程度。
逆にインタビューされた近所の人が「いやー、今朝もそれ食べたけど全然気付かなかったな~」と言っているのを見て「さすがは中国人!ダンボールさえもそんなにうまく料理できるのか!」と感心してしまった。
次は何をやらかしてくれるのか楽しみでしょうがない。
2008年2月4日月曜日
野糞式北辰一刀流免許皆伝
中国の電気水道ガス風呂トイレのない小さな村に泊まったときのこと。
朝起きてクソがしたくなり便所の場所を聞くと
「道の向こう側は女、こっち側は男」
というとても分かりやすい指示を受けた。
その指示通りにそこらでしゃがんでブリブリやっていると目の前にモソ~と豚さん登場。
一人と一匹、睨み合うこと数分。
その間に一人は難行を成し遂げ立ち上がり2.3歩前に出た、その瞬間!
一匹はすばやく後ろに回り込み、たった今大地に放たれたばかりのホカホカの一人の分身をペチャペチャと食べ始めた。
周りには牛やヤギのウンコも一杯落ちているのにもかかわらず一匹は目もくれない。
あまりにも美味しそうに食べるその姿を見て、もしかしてこれはホントに美味しいんじゃないかと思い始めた一人はその一匹をはねのけ自分で食べてしまった。
う~ん、昨夜の麻婆豆腐のスパイスが効いてて美味!
食いしん坊万歳!!
ところで、豚肉しか食べない人間がしたウンコしか食べない豚は果たして狂豚病となりうるのだろうか?
今後の研究に期待する。
2008年2月3日日曜日
バーバーの恐怖2
それから時は経ち、前回毛沢東にされた反省をまったく活かすことなく再び「我請中国式短髪」と書いてお願いしました。
15分後・・・。
それはそれは見事な角刈りが出来上がりました。
地平線を感じます。
1000ページのガイドブックが安定してのりました。
それを活かして包子のセイロを頭に乗せて自転車で出前のバイトをしています。
儲かって仕方がありません。
今は5枚が限界ですが、10枚に成功したら親方から暖簾分けしてもらって店を出す予定です。
お近くに来られた際はぜひお立ち寄りください。
2008年2月2日土曜日
バーバーの恐怖
中国について間もなき頃、散髪に行きました。
紙に「我請中国式短髪」と書いてお願いしました。
15分後・・・。
毛沢東が出来上がりました。
さすがは毛主席、道を歩けば人民は地にひれ伏し貢物やおひねりが飛んできます。
これからもいいことがありそうです。
2008年1月15日火曜日
ファイナルアンサー
中国人とは幾度となく日中歴史問題について討論してきた。
時には謝罪し、時には反論し。
しかし都合3年にわたる中国滞在の結果、今回ついに完全無欠というべき返答を見つけ出した。
どんな問題でもいい、日中の歴史について意見を求められた場合こう答えるのだ。
「南京にしろ731にしろ日本人のせいで中国の皆さんには大変な迷惑をかけてしまった。しかし日本の侵略により中国人がこうむった最大の被害は、国共内戦で共産党に勝利をもたらせてしまったことだ。本当に申し訳ない。」
こう話すと100%の確率で相手は「おー!その通りだ!もし国民党が勝利していたら今頃オレラも台湾みたいにかくかくしかじか・・・」
中国人は誰もが知っている。現在の自由な台湾の繁栄振りと、中国の一党独裁による生活の格差を。
この返答は日本の非を認めつつもさっさと話にキリをつけられ、実は彼らが本当は話したいがなかなか言い出せない話(共産党批判)を自然に引き出し話題を転換できるという、両者にとって非の打ち所のない完璧な答えなのだ。
歴史に「もし」は禁物だ。
しかし敢えて言おう。
もし1937年日本軍が中国へ侵攻していなかったのなら、当時圧倒的有利な状況にあった国民党軍が共産党を駆逐するなど赤子の手をひねるよりも簡単だったはず。
捏造された歴史ばかりを教えられている中国人でもこれくらいは常識として理解している(実際は敗戦続きの長征もえらく勇ましい話ばかりでごまかしている)。
結局のところ共産党政治は素晴らしい!なんて思っている人は一人もいないんじゃない?共産党員も含めて。
2008年1月13日日曜日
ではその他のニュースをいくつか
12月20日午後、JR東海道線上り列車の車内で、ボムッ!という大きな音とともに異臭が広がった。駆けつけた署員が車内にいた挙動不審な男(35)を発見、治安維持法に抵触するとして現行犯で逮捕した。
その男は「内ポケットに入れてあった中国で買ったライターが突然破裂した」と意味不明なことを繰り返すのみ。そのために1時間に渡り上下線ともダイヤが大幅に乱れ、通勤通学中の乗客約8000万人に影響が出た。
事態を重く見た政府は外交ルートを通し正式に中国に謝罪を要求する構え。
(ロイター発共同)
2008年1月10日木曜日
同業者
そして更にそのズダ袋。
さすがに日本じゃこんなの持って歩いている人なんていないだろうな~、と思いつつ大阪港から乗った地下鉄。
駅構内でゴミ箱から新聞漁ってるオッチャンがこれと全く同じ袋持ってた!!
2008年1月8日火曜日
人身売買
今回の旅では大陸へは初めて大阪⇔上海のフェリーを使っての移動となった。
客層は旅行者・留学生・貿易の仕事してる人など様々。
その中で多数を占めるのは「研修」という名目で日本へ出稼ぎに行く若い中国人たち。
日本に向かう船上には20歳くらいの若い小姐が10人ほどいた。
日本人を見つけては「日本語教えて」とはしゃいでいるかと思えば船窓からの日本の陸地をじっと眺めていたりと、初めての海外に期待と不安が入り混じっている様子。
そして着岸。
入国審査を終えゲートを出たところには一目でカタギじゃないと分かる角刈りのお兄さんが迎えに来ていて、その男の運転するワゴンに乗せられどこかへ行ってしまった。
幸多かれしことを祈るのみ・・・。
2008年1月7日月曜日
激流中国
1/6の夜にNHKでやっていた「激流中国」。
その日のテーマは、親からの過度の期待を受け悩む一人っ子の子供たち、というものであったが、この舞台となっていた雲南省昆明では小・中・高ともに週休2日は確保されているので、私が以前日本語を教えていた龍勝の週休0日制に比べればまだマシな方だ。(2005年9月のコラム「ゆとり教育」をご覧ください)
当時学生らに「何でこんなにやらんといかんの?」と聞くと「全国統一試験の結果、成績優秀者の多い学校の校長先生は出世が早くなるから。本当は週末は休みの規則なんだけど守られているのは大都市くらいで、田舎の方ではナアナアになっちゃっているんだよ」と言われた。
また近くの村の中学では夜の授業が始まる前に7時のニュースを教室で見させられていた。
全国数百局あるテレビ局の主要チャンネルが7時になると一斉にこのニュースに切り替わる。
30分間の内容は100%プロパガンダで、本日党首脳はどこどこを訪問し熱烈歓迎され、経済は止まることを知らぬ右肩上がり、農民もますます富み、民衆誰もが大喜びで共産党に大感謝、というのが連日繰り返されている。
おそらく生徒たちにこれを見させることによって、若者に健全な社会主義精神を芽生えさせる、というよりは、校長の成果報告会かなんかで「うちの学校では国家繁栄・共産党万歳のためにこんな風に頑張ってます!」という点数稼ぎのためのネタとしてやっていると思われる。
結局のところ、教育は中国の科学発展のため、とかなんとか偉そうなこと言っているけど、所詮は先生らの出世の道具として使われているに過ぎない。
中国の子供たちは可哀想だな~。
2008年1月6日日曜日
人間の証明
中国のとある小さな町で。
今日泊まる宿を求めてそこら辺にいる人に「安いとこある?」と聞いてみた。
すると「あっちに安いとこあるけどあんなとこ泊まっちゃダメ。こっちの高い方にしなさい。」と言う。
別にどんなひどくてもどうせただ寝るだけなので、その安い方へ行ってみた。
行ってみてその人が勧めなかった意味がすぐ分かった。
一泊5元(75円)と激安ではあったが、ロビーにウサン臭い男らがタムロっていて雰囲気メチャメチャ悪い。
建物も薄暗くまるで魔の巣窟のよう。
それでもそこにチェックインし、言われた階に上がってみるとその音を聞いて他の部屋から人々が顔を出した。
それらが皆若い小姐なのだ。
当然ピンとくる。
ここは売春宿でもあったわけだ。
それでもまあいつもの調子でそのウサン臭い男らや小姐らとも仲良くなり雑談などしていたのだが・・・。
「今日も暑いですね。ところでお姉様方は多少銭?」
「15元よ。」
「ん?150元?」
「違うわよ。15元(230円)よ。」
「・・・・・・。」
バリューセットよりバリュー・・・。
「いやいやまあ安いのは消費者としては大変結構なことなのですが、それにしても同じ仕事するならお姉様方ほどの若さと器量があるならこんなハキダメみたいな所じゃなくて、せめて街の床屋で働けば100元くらいはとれるんじゃないの?」
「それは無理よ。だって私らには戸籍が無いもの。」
「!!」
一人っ子政策実施中の中国では、2人以上生まれてしまった場合、あるいは男手必要なのに女の子が生まれてしまった場合、多額の罰金から逃れるため出生登録されない戸籍の無い人間、つまり人口には数えられない人間が出現してしまう。
その数は一億とも二億とも言われている。
たとえ実際はいかがわしい事をしている床屋であろうが、一応名目は床屋なので雇われるにはれっきとした「存在する人間」でなければならず、「存在しない人間」はこのような日陰の日陰でしか生きていけないのだろう。
一人っ子政策の弊害がこんなところにも現れていたとは・・・。
2008年1月3日木曜日
ネット警察
言論の自由の無い中国ではインターネットも大きく制限される。
誰がいつどのPCで何のページを見ていたか、全て記録される仕組みになっている。
外国人旅行者とてその例外ではない。
ある日の北京のネット屋にて。
一人の公安が店に入ってきて客全員の身分証チェックを始めた(これ自体は珍しいことではない)。
それが一通り終わって5分もしないうち更に5人ほど公安が入ってきて突然一人の男を逮捕、後ろ手に手錠をかけ連行していってしまった。
都会の無関心の代表選手的な北京っ子もさすがに動揺し、ざわめきが店内に広がる。
結局原因は何なのか誰も分からないままなのだが・・・。
恐るべし中国。
毛主席バンザイ!
今回家族で上海・北京観光するに当たり、私が唯一希望したのは「毛主席記念堂」。
あの偉大なる中華人民共和国成立の大英雄、毛沢東が眠っている。
入ってみるとガラスケースに入ったロウ人形みたいな小さなジジイが横になっているだけでいまいち偉大さは伝わってこないのだが、ここではもっともっとすごいものが見れるのだ!
そこには中国全土から物凄い数の中国人がやって来ているのだが、その人々誰もがギャーギャー大声で騒ぐことも無く、タンを吐くことも無く、タバコを吸うことも無く、横入りすることも無く、きれいに列を作り黙々とそのジジイを見ている。
中国の首都の中心の中心にいながら、最も中国らしくない中国を味わえるのがここなのだ。
なんだ、やればできるんじゃん!!
今中国では2008年8月のオリンピック開幕を控え、市民のマナー向上に必死に取り組んでいろいろキャンペーンやったりしてるけど、そんなことしなくても街中5mおきに毛主席人形を並べておくだけで充分なんじゃない??
直訴陳情
その農民御用達ズダ袋を持って北京駅に下り立った。
北京到着がビザ最終日だったためすぐ様公安へ延長申請に行かねばならない。
天安門方面行きのバス停で待っていると次々とウサン臭い奴が近寄ってきて「仕事探しか?」と聞いてくる。
地方から出稼ぎに来たと思われているようだ。
もしこれに付いていったら、おそらく不法営業の炭鉱で死ぬまで石炭掘らされること必至。
何とかそれを振り切り天安門に到着。
広場を横切ろうとしたら警備の公安に呼び止められる。
「オイ、そこの農民!そのデカイ荷物は何だ?全部中見せろ!」
かなり厳しい荷物検査が始まってしまった。
はじめは、勝手に見れば、とするにまかせていたのだが、フト財布の中にダライラマの写真を入れていたことを思い出した。
これ見つかるとマズイ!
先に身分を明かしてしまうことにし、パスポートを差し出すと・・・
「?!外人さんですか?!こりゃ失礼しました。よい旅を!」
今中国では開発により土地を強制的に奪われた農民らが北京へ直訴に押しかけ、それを排除しようとする政府との間でしばしば衝突が起こっている。
中国の農民は虐げられてるなー、と実感。
2006年11月16日木曜日
昨日の敵は…
とあるチベットの小さな町で子供らと遊んでいた。
一緒に家へ戻るとその子供らが母親に「日本人って悪い奴だと思っていたけど、この人はいい人みたいだよ」と話している。
いい人、と言われたことは嬉しいけれど、やはりフクザツな気分。
しかしこの子がこういう感想を持つのも致し方ない。
テレビをつければ24時間必ずどこかのチャンネルで反日番組やっているし、学校では低学年の教科書に「日本鬼子(日本人に対する蔑称)」の文字が堂々と出ている。
こういった徹底的な対日感情悪化洗脳政策にあっては、純粋な子供らが何の疑いもなくそう信じてしまって当然だろう。
しかしここはチベット。
君らの本当の敵はもっと最近の、もっと身近にいるんだよ、ということを誰かが語り伝えねば、やがてその歴史は風化し忘れ去られ、別の歴史にすりかえられてしまう…。
チベットの将来を担う子供たちが今こんな状態にあるとダライラマ先生が知ったらさぞ嘆き悲しむことだろう。
2006年11月3日金曜日
ツインズ
中国で施行されている一人っ子政策は誰も彼もが子供一人だけ、という訳じゃなくて、省ごとにいろいろ細かいところで違いがあって、漢族以外の少数民族はおおむね2人までは認められているようだ。
チベタンも2人。
しかしそのバアちゃんちには子供が4人もいる。
一番上(女17歳)は在家の尼さん。
2番目(女13歳)は小学生。
しかし3番目(女8歳)は学校には行っておらず、放牧担当で朝早くから牛羊を追って草原へ行き、夕方それらを連れて家へ戻ってくる。
ああ、やっぱり3人目じゃ多額の罰金を払わされるので出生登録しないで戸籍のない子供となってしまい学校には行けないんだな…と思っていた。
しかしある日その家庭の戸籍手帳を見せてもらってビックリ。
なんと3番目の子もしっかり戸籍があるじゃないか。
さらにその中身をよく見てみて2度ビックリ。
なんと2番目と3番目の子の誕生日が同じ日になっている!!
その2人は5年の年齢差があり誰が見てもとても双子とは思えないのだが、こんな裏ワザがあったとは…。
登記された誕生日は上の子の日になっていたので3番目が生まれたときに局で「ゴメン、そういやうちの子双子だったんだけど一人申請するの忘れちゃってさあ」とでもやったのだろうか?!
しかし残念ながら4番目(男3歳)の戸籍はなし。
しかも現在母さんは妊娠中…。
やっぱり「ゴメン、そういやうちの子4ツ子だったんだけどさあ」ってやるのかな?
(写真:左から長男・三女・次女)
2006年8月5日土曜日
抗日戦争大勝利記念日
「ああ言えば上祐」の中に書いた「日中戦争で5000万人の中国人が殺されたために…」というのがもし仮に真実だったとした場合、10数年の期間でこれだけの人を殺すためには一日に大体一万人殺さねばならぬ計算になる。
一発一発手動で装填する三八式歩兵銃でこんなにも殺すにはメシ抜きで頑張ってもちょっと無理なような…。
もしかすると旧日本軍には歴史の闇に葬られた秘密特殊部隊が存在し、とっくに核開発を終えていたのかも。
「少年」とか「肥満男性」とか名付けられた新型爆弾を中国各地で250発くらいピカドンピカドン。
そういうことなら日本(の一部)の言う「南京大虐殺などなかった」という主張と、中国の言う「南京で30万人が殺された」という主張の矛盾が矛盾でなくなる。
それにしてもなぜ中国でそんな華々しい戦果をあげられる戦力を持ちながらインパール作戦では出し惜しみしたのだろう?
もったいないことだ。
まもなく8月15日。
果たして小泉さんは靖国神社に参拝するのだろうか?
するとまた鬼の首をとったかのように中国人にいろいろ議論を吹っ掛けられるんだよなあ。
いやだなあ。
