私が男塾塾長江田島平八であある!
久しぶりの登場かと思えばなんと最終回であある!!
(以下読みにくいので平文)
一年前に開講した男塾ですが、この度塾長の旅立ちに伴い閉塾することと相成りました。
初めは遊び半分で始めたつもりがいつしか受ける方も教える方も結構本気になってきて、別に専業でもないので教えるのに四苦八苦…。
日本語って普段気にすることもなく話していることをいざ説明しようとすると(助詞「は」と「が」の使い分けとかね)自分でも何でか全く分からん、という情けないこともしばしばでしたが、まあ何とか楽しく一年やってこれました。
まもなく卒業する高三の生徒の一人はこのまま大学の日本語学科へ進むことに決めたようで、助力できてうれしいことこの上ないですが、今まで教えた文法とかがテキトーであることがすぐバレてしまいそうで…。
まあ小さな日中友好になったかな!と思う江田島平八であある!!(完)
(写真:女子高生と一緒でニヤける江田島)
2006年5月6日土曜日
男の夢(最終回)
2005年12月15日木曜日
男の夢(日中友好編)
私が男塾塾長江田島平八であある!!
(以下読みにくいので平文)
先日私の塾生らの通う高校と、私が卒業した中学校の生徒を、数十人レベルで文通交流させるよう計らうことができました。(実際は日本に居る家族がほとんどやったのだが・・・)
日本からの手紙は、まとめてこちらの学校のクラス宛で届いたので、着いたときには「何だ?何だ?キャー!キャー!私にも見せて!そこはダメ!」と狂乱の事態に陥り、死者・重軽傷者・行方不明者合計235人の惨事になったようです。
今その手紙と返信の手紙の翻訳作業で大わらわ、うれしい悲鳴です。
でも説明するときに「この中学は私が18年前に卒業した・・・」のところで「そうか、その時には日本側はもちろん、中国側の生徒も誰一人として生まれてもいなかったのだなあ・・・」とちょっと感慨深いものがありました。
この功績を称え、校庭に銅像が立つのを夢見る江田島平八であある!!
男の夢(事業拡大編)
私が男塾塾長江田島平八であある!!
1ヶ月の昆明研修を終え、再び元の場所で本業老師に戻ったのであある!
(以下読みにくいので平文)
私の泊まっている宿には数人の服務員(掃除とか食堂で皿洗いしているバイト)がいて、ほとんどが農家出身の、貧しくて高校に行けなかった16-18才の次男坊とか娘。
早朝から夜遅くまでの超激務で、超激薄給。
しかも女主人は、客には愛想が良いがバイトにはハンニャの形相を見せる鬼ババ。
むう、「おしん」の世界そのまま・・・。
そんな過酷な環境で働く彼らからも、わずかの休憩時間を使って日本語を勉強したい、との要望があったので「服務員のための日本語特別講座」(いらっしゃいませ、ご注文は、とか)を開設しました。
もちろん目的は若い娘っ子を手なずけて・・じゃなくて、こんな地元向けのショボ宿じゃなくて、外国人も泊まるようなしっかりした宿で雇ってもらえるようにするためです。
そして「桂林」という世界的に有名な観光地のそばにあるので、ツアーガイドの生徒もできました。
そこで「観光ガイドのための日本語特別講座」(右手をご覧ください、とか)も開設しました。
この調子で更に、
「ビジネスマンのための日本語特別講座」((お世話になってないけど)お世話になっております、とか)
「寿司屋に行くための日本語特別講座」(銀シャリ、オアイソ、とか)
「漫才を見るための日本語特別講座」(いいかげんにしなさい、とか)
「歌舞伎役者になるための日本語特別講座」(いよお、とか)
「日本人と結婚して合法的にビザを手に入れるための日本語特別講座」(君が好きだ!ビザが目的じゃないんだ、とか)
「同性愛者のための日本語特別講座」(そこはダメ、とか)
と事業展開していくつもりであある!!
2005年11月18日金曜日
男の夢(休暇編)
私が男塾塾長江田島平八であある!
塾生たちの本来の学校が中間試験シーズンに入ったのでそっちに集中させるためしばらく男塾は休講にし、雲南省昆明に来ているのであある!
知人がここの大学に語学留学しているので、そのつてを使って中国語講座に参加しているのであある!(モグリ受講なのでタダ)
無論将来の男塾のライバル学校の敵情視察が真の目的であある!
だが・・・
そこでショーゲキを受けたのが、みんな高だか2ヶ月そこそこの勉強でペラペラ中国語を話していること。外国人相手だからといってまったく容赦することのない近所のおばちゃんの爆裂的中国語を必死に聞き取りつつ何ヶ月もかけてやっと身につけた私のレベルを遥かに凌駕していた。
それに教える方もプロだけあって、ポイントを押さえた無駄のないしかも興味の持てる内容の授業をやっている。
自分の話すレベルも教えるレベルもぜんぜんなってなかったのだなあ…と意気消沈。
お、いかん、ショックで言葉が普通になってしまった。
フム!
ここでの体験を生かし、男の夢実現に向けて江田島は更なる精進をすることを誓ったのであある!!
2005年10月20日木曜日
男の夢(その後)
私が男塾塾長江田島平八であある!
開塾以来3ヶ月が経ち、第一期塾生らが日検四級レベルに達したので(たった3ヶ月だけど本当だよ。塾長うんぬんより塾生らの努力と才能による)
そろそろ閉塾し元の旅人に戻ろうと思っていたのであある!
とその時、第2期・第3期塾生希望者が現れたのであある!
「NOと言えない日本人」である私は「次の年越しはラサで」
という目標をかなぐり捨てこのままここで老師生活を続けることを決めたのであある!
という訳で現在は、
正午・学生の部(初級)、午後・社会人の部(初級)、夕方・学生の部(中級)
の三部制でやっているのであある!
言うまでもなく塾生は女性限定であある!
男性が来ても門前払いであある!!!
以下求人広告:
日本語教師求ム。
条件:日本語堪能。漢字が書けること。年齢・国籍・性別・容姿一切問わず。
勤務場所:中国 広西省 龍勝鎮
待遇:時給0円。交通費・必要経費など一切支給せず。
希望者は以下まで。
kazumotomiwa@hotmail.com
2005年9月13日火曜日
最近の生活
私は今中国南部の龍勝という、端から端まで歩いて30分もかからない小さな山間の町にいます。
すでに2ヶ月近く経とうとしていますが、そんな何もない町で一体何をしているのだ?!と言う声は聞かないけどこっちから先に報告させていただきます。
無論最大の目的は日本語を教えることなんですが、それは夕方2時間(今は1.5時間)にすぎません。
まず午前。
今日やる授業のためのプリント作りと合間に話す小ネタ作り。
飽きられないような、難しくなりすぎないような、しかも有効で効率的な内容を考えるのは大変な作業ですが大変面白くもあります。
私のやっていることには「人生を教える」ようなことは含まれないのでその分お気楽ですが、本物の教師というのは更に大変な仕事なんだろうなあ、とつくづく感じさせられました。
午後は自らの中国語上達のための実地訓練。
といってもただその辺の暇そうな人と喋るだけです。
宿には喋り好き・世話好きのおばちゃんがいて、私の話す言葉をいちいち直してくれて大変ありがたく思っていたのですがその言葉はどう聞いても普通話(共通語)ではない。
この辺りの方言(桂林話)かな?と思っていたら更にそれを通り越して少数民族トン族の言葉でした。
という訳で最近は日・中・トンのトリリンガルです。
夕方は日本語のお勉強会。
そして夜はみんなでテーブルを囲んでの夕食です。
この前までは夏休み中で、バイトの若い人が住み込みで何人か働いていたのでよい話相手になってくれていたのですが、9月に入って皆復学してしまったため、話相手がいなくなり暇になってしまいました。
そこで老板(ボス)に「何か仕事を手伝わせてくれ」と頼み併設されているレストランの服務員になりました。
さっそくもっとも忙しい接客部門にまわされたのですが、客のオーダーが聞き取れないという致命的欠陥があることが判明、わずか30分でクビ。
皿洗い兼掃除という誰でもできる部門に配置され今に至ります。
報酬は夕食無料招待。
その夕食は主にその日の残り食材で作られるので客の入りが悪いと魚ドーンの豪華食卓になるのですが、忙しい日には菜っ葉と肝だけの鍋だったりして巨大ポリバケツいっぱいに捨てられていく客の残飯(ブタの餌になる)の方がはるかに美味そうに思えることもあります。
こんな感じで毎日やってます。
6月6日にUFOが・・・
よく行く食堂で、おばちゃんが問う。
「あんたこの町に2ヶ月近くもいるけど一体何してんの?」
私答える。「フフフ、よくぞ聞いてくれました。私はここで日本語『会話』を教えているのだ。しかも無料で。」
おばちゃん「アイヤー!それなら私達にも教えてちょーだいよ!」
私「もちろん歓迎光臨!」
そして数日後、本当におばちゃんはやって来た。
息子を連れて。
ちょうどその時授業中だったので、取り合えず今日のところは見学してもらうことにして2人を部屋に招き入れて内容の説明をする。
しかしなぜかおばちゃんらは「?」顔。
私の発音が悪いのかと思い、塾生に説明を頼む。
しばらくやり取りした後、おばちゃんと息子は恥ずかしそうに「ゴメンゴメン」と言って出ていってしまった。
塾生が「あのおばちゃんはここを『絵画』教室だと思って来たらしい」と言う。
なんでそんな勘違いが起きたのか塾生らも腑に落ちない様子で「おばちゃんになんて説明したの?」と聞く。
「ただ『会話』を教えている、と言っただけなんだけど・・・?」と話すと塾生一同「それだ!!!」
聞けば「会話」と「絵画」は「hui(下がりぎみ)hua(下がりぎみ)」でまったく同じ発音。
そこで勘違いが生じたようだ。
いわれて初めて気がついた。
中国語の一文字が持つ発音は約400種。
それぞれに4種の抑揚があるので計1400種(ない発音がある)。
漢字2文字の組み合わせとなると単純に計算して
1400×1400=約200万通り。
わずか200万分の1の偶然に出くわすとは・・・。
おばちゃんゴメンネ。
お詫びの印に、今度日本の代表的絵画手法である「ドラえもんの絵描き歌」を伝授しようかと思っています。
まるかいてチョン!
2005年9月8日木曜日
ゆとり教育
長い旅のせいで少々のことには動じなくなってしまった私であるが、最近久し振りにビックリタマゲタことがあった。
それは中国の教育スケジュールである。
うちの塾生らは、公立高校普通科の2年生なのだが、一日の授業は朝7:30から夜10:00まで。
うち昼と夕方に2時間ずつの食事休憩があるが実質はそれでも一日10時間授業・・・。
(日本語はその夕方休み中にやっている)
さらに驚くべきは、何と週休0日制!!
ただ土曜だけ夜の部がなくなる。
それ以外は一週間ビッチリ時間割は埋まっている。
週67時間、一ヶ月約300時間・・・。
年度末には2ヶ月の夏休みがあるが、うち40日は補講期間となり上記と同じスケジュール。
あとは旧正月と秋に数日ずつの休みがあるだけ。
日本では「ゆとり教育」とかでどんどん授業時間は減っていく傾向にあるのとはまったく正反対の教育方針。
どちらの方式が果たして有益なのか?
答えは20年、30年後に出るのかな?
2005年8月22日月曜日
日本人の利点
日本人が中国人やその他多くの国の人に比べて、得だなー、と思う点は例えばちょっとアルバイトするだけで(他国に比べて)莫大な金が手に入る、世界中ほとんどの国のビザが簡単に取れる、などが挙げられる。
しかし今日本語を教えていて切に思うのは、この日本語という恐ろしく難解な言語を、誰もが全く苦労することなく自然と身につけてしまえる、ということこそ最たる利点ではないだろうか。
過去形について教えていたときのこと。
江田島:私が江田島平八であある!!
過去形は語尾を「た」にすればよいのであある!!
応用例!あなたは昨日何を食べたか?
塾生:私は昨日魚を食べました。
江田島:それは美味しかったか?
塾生:はい、それは美味しいでした。
江田島:いや、その場合は「美味しかったです」というべきであある!
塾生:でも塾長、過去形は語尾を「た」にするのでは?
江田島:こ、これは形容詞の過去形に丁寧語の「です」を
つけたものだからこれでいいの。
塾生:じゃあ、形容動詞の場合は?
形容詞と形容動詞の違いって何?
動詞とは述語のことじゃないの?
動詞とかは述語になるけど名詞とくっつくと主語になるのはなぜ?
動詞の活用形の見分けかたは?
文節と単語って何が違うの?
そもそも動詞とかはなんで活用しなければいけないの??
江田島:ううんと、えっと、それは、実に、かくかくしかじか、
つまり、何といいますか・・・・・・
はいっ、今日の授業はここまで!
あとは各自教科書を読んでおくように!
2005年7月21日木曜日
男の夢
数日前まで私は肩書き無き一介の風来坊でしたが、現在は何と「日本語教師」です。
3年前今いる町を訪れた時に知り合った少女たちは、今や華の女子高生。
その彼女らが日本語を教えてほしい、と言ってきたので日本語塾を開設したわけです。
一日2時間ずつ、日-土まで毎日。
授業料はもちろんタダで、教科書を買ってあげたり、授業後みんなで食事したりするので、台所は真っ赤っ赤に燃え上がっていますが時々塾生の家で夕食をごちそうになったりするので大丈夫です。
現在生徒は4名。
宿の部屋に招いて細々とやっています。
が、将来的には日本語検定一級合格率99%(バカは受験させない)、中国各都市に支部を置く巨大学校法人にしようと考えています。
ちなみに塾名はズバリ「魁!男塾」。
塾生には私のことを「江田島平八(ジャンティエンタオ-ピンバー)老師」と呼ばせています。
