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2008年2月4日月曜日

野糞式北辰一刀流免許皆伝

中国の電気水道ガス風呂トイレのない小さな村に泊まったときのこと。
朝起きてクソがしたくなり便所の場所を聞くと
「道の向こう側は女、こっち側は男」
というとても分かりやすい指示を受けた。
その指示通りにそこらでしゃがんでブリブリやっていると目の前にモソ~と豚さん登場。
一人と一匹、睨み合うこと数分。
その間に一人は難行を成し遂げ立ち上がり2.3歩前に出た、その瞬間!
一匹はすばやく後ろに回り込み、たった今大地に放たれたばかりのホカホカの一人の分身をペチャペチャと食べ始めた。
周りには牛やヤギのウンコも一杯落ちているのにもかかわらず一匹は目もくれない。
あまりにも美味しそうに食べるその姿を見て、もしかしてこれはホントに美味しいんじゃないかと思い始めた一人はその一匹をはねのけ自分で食べてしまった。
う~ん、昨夜の麻婆豆腐のスパイスが効いてて美味!
食いしん坊万歳!!

ところで、豚肉しか食べない人間がしたウンコしか食べない豚は果たして狂豚病となりうるのだろうか?
今後の研究に期待する。

2004年11月29日月曜日

白人旅行者のフシギ(1)

多くの白人さん達も世界各地を旅しています。
現地人の生活風習を見るのも面白いですが、彼ら白人ツーリストの行動も私にとっては興味深い異文化の一つ。
そんな中で「??」と思ってしまう彼らの行動パターンをいくつか。

<その1.外で食うのが好き>
ここで言う「外」とはキャンプとか屋台の話ではありません。
れっきとしたレストランで「外」で食う話です。
たいてい白人が好む場所は、屋上レストランのある宿とか道に面したオープンテラスのあるレストランとか。
日光を浴びながらの食事は気持ちがいい、という気持ちは分からないでもないのでそこは百歩譲るとして、問題は本当にこの環境が気持ちいいのか?!と疑うような場所でも悠然と食っていること。
道路脇は埃っぽいし、車の排ガスモクモクだし、乞食が次々現れるし、牛はそこらじゅうにウンコしていくし。
屋上ならばどうかというと、日差しサンサンといってもチベットなんかでは日差しはジリジリと肌を焦がすようでとても快適とは言い難い。
もちろん賢明な地元民は屋内で食います。

ある時北パキスタンでフランス人グループと一緒に夕食を摂ることになりました。室内で食うとばかり思っていたら、彼らは従業員にテーブル・椅子をベランダにセットするよう指示し食事もそこに運ばせました。
季節は春でしたが標高3000m位の所なので夜はかなり冷えます。
「そこまでして外で食いたいかー!」とブルブル震えながら食べました。
(オゴってもらったので文句は言えない)

余談ですが、この時のフランス人がすごい訛りの強い英語を話す人らで「バッチパッチ」がどーのこーの、と初めは何のことかよく分からなかったのですが、どうやらこれは「Back Pack」のことを言っているらしい、と推測できるようになりました。
「ck」=「チ」というんだな、と分かると他の意味不明だった単語も理解できるようになります。
インド人も訛りの強い英語を話し、「R」を全部読んでしまうので「Brother」=「ブラザル」、「Four」=「フォル」になります。
バングラでは「Lunch」=「ランス」、「Visa」=「ビシャ」。

余談の余談ですが「ザジズゼゾ」の発音を上手にできない国は結構多いようで「ジャジジュジェジョ」になってしまいます。
だから私の名前の「カズ」も「カジュ」に。
南アジア一帯では「カジュ」は「ナツメヤシ」を意味するようで覚えてもらいやすい。
で、ところ変わってアラビア語圏に入り自己紹介すると私の名前を聞いてクスクス笑う人がいるのです。
人の名を聞いておきながら笑うとは無礼千万な輩かな!と思ったのですが、どうやらアラビア語で「カジュ」は「ウンコ」のこと。
まあ確かにアメリカ人が
「ワタシノナマエハ『ウンコ・マクドナルド』デス」
などといったら笑えるわな。
名前がこうなんだから、私のコラムにウンコネタが多いのもこれで納得していただけたことでしょう。

2004年7月25日日曜日

地雷

西チベットでトイレがあったのはアリとサガだけ。
あとの町や村ではその辺で適当にする。
普通中国の村では肥料になったり野ブタが食べたりするので残らないが、西チベットではその過酷な環境のせいで農業は成り立たず、ブタも生きられないため、ブツはそのまんまとなる。

ある町でのこと。
やっぱり「その辺でしてこい」と言われたので建物の裏に回ってみたらビックリタマゲタ。
その数に驚いたのではない。
まず壁に沿って1mの等間隔でズラリ一列。
壁の端まで来ると1m前進し、先ほどのと正三角形の頂点の位置に配置されるようにズラリ。
それが27列続いていた(数えてみた)。
まるでダイヤモンドゲームの升目のようだ。
もちろん私もその隊列を乱さぬよう、正しい位置に地雷をセット。
このままのペースでいけば数年後には地平線の向こうまで達するんじゃないか、くらいの勢いである。

その地平線の先にはインドがある。
その町のあたりはアクサイチンと呼ばれる国境線の定まっていない地域なのでいつインド軍が攻めてきてもおかしくない。
しかしこの果てしなく広がる整然と並んだウンコを見たらビックリして逃げ帰るだろう。

戦わずして勝つ。
中国人民解放軍バンザイ!!

2003年12月1日月曜日

恥部

先にも記したが中国の便所は扉はないので丸見え。
確かに最初は恥ずかしいんだけどこれは慣れの問題であり、周りも全部そうなんだから、と吹っ切ってしまえば気にならなくなるものだ。

ただ一つ、とても恥ずかしくて人に見られたくないことがあった。
中国は紙拭き文化なんだけど、私は旅中一貫して水手洗いで通してきた。
便所に行くときは500ccのペットボトル持参なのだ。
しかしその扉無し便所で尻を洗っているところを中国人に見つかると
「ウワ~!こいつ尻を手で洗ってやがる~!!」
と変な目で見られてしまうのだ。
それがとても恥ずかしくて、洗う時は人がいなくなってからじゃないと洗えなかった。

おー、紙よ!我を救い給え!

脱プン!その7(チベット編)

中国の一般的公衆便所には扉が無いことを御存知の方も多かろう。
これがチベットのド田舎なんて行くと、掘建て小屋のような建物で、大きな穴の上に丸太が渡してあってその数ヶ所開いた隙間にする、なんて所もある。
さすがに男女は分かれているけどお隣でキバっているオッサンの姿は丸見えなのだ。

そんな公衆便所が一つだけあるチベットの小さな村にいた時のこと。
その村で私は体調を崩して寝込んでいた。
腹の調子悪くその公衆便所に駆け込んだ。
すると既に先客のオッサンがキバっている。
そんなの気にする余裕無く私はゲリった。
ゲリりながらもオッサンには挨拶し自己紹介もしておいた。

翌日、まだ体調は思わしくない。
再び便所に駆け込むとなんとまた昨日のオッサンがいるではないか。
オッサンは私のくだり便を見て「まだ調子悪いようじゃのう」と声をかけてくれた。

それから2-3日調子は戻らなかった。
そして、なぜか、なぜか、便所に行く度にそのオッサンに会ってしまうのだ。
その度にオッサンは私のことを気遣ってくれるのだ。
私は涙した。

そして数日後、体が軽い!これなら!と便所に行くと、いうまでもなく今日もオッサンがキバっていた。
そして私の見事な一本グソを見て「おお!今日はいい感じじゃないか!」と。
「そうなんですよ!今日は調子いいからやっと出発できます!お世話になりました!」

我々は固い握手を交わした。
もちろん、洗っていない手で。

脱プン!その6(ネパール編)

ネパールで、山の斜面に建つ眺めよい宿に泊まっていた時のこと。
その宿には共同のトイレが一つしかなかった。
朝食後お腹もいい調子に動いてきてトイレに入ろうとしたら既に先客が頑張っていた。

しばらく経って再び行くがまだ頑張っている。
ヤバイ・・・
危険度レベルは3→4にアップした・・・

またしばらくして行ってみるがまだ頑張っているではないか!!
うわー!もう耐えられん!!
ついにレベル5到達!!

やむを得ず室内でビニール袋に脱プン。
その袋は・・・・・・・・・窓からポイ。
ネパールの山々がとっても綺麗に見えました。

2003年9月25日木曜日

脱プン!その5(トルコ編)

トルコではガソリンスタンドによく泊まらせてもらっていた。
敷地の隅の方にマットだけ敷いて寝かせてください、と頼むと43発43中という驚異的な成功率でOKしてもらっていた。
こちらとしては寝かせてもらうだけで充分なんだけど、さすが親日的なトルコ人、それだけでは許してくれずメシになれば一緒に食おうと誘ってくれたり、観光に連れていってくれたり、家に招いてくれたりしてありがたい限り。

トルコ中部、カッパドキアに近いガソリンスタンドに泊めてもらった時のことだ。
やはりここでも歓迎してくれ、メシに加え、ビール2本にスイカ半玉までいただいてしまった。
しかも外じゃ危ないから事務所の中で寝なさい、と部屋の中に入れてくれた。
夜、皆は各家に帰り、そこには私一人・・・

深夜、モーレツな尿意で目が覚めた。
寝る前しこたま水分摂ったので当然だろう。
トイレは外にあったので扉を開けて出ようとしたところ・・・
何と外から鍵がかけられている!
しかも窓は開かない!
これじゃ軟禁だ!!
すでに膀胱は危険度レベル4に達している!(レベル5で核ミサイル発射)
2Hzの自家製コンピューターをフル稼働させ、はじき出された答えは
「金魚ばちにしろ」
しかし翌朝白い腹を浮かせ全滅していたらヤバイというので却下。
続いて出された答えは
「植木にしろ」
しかしこれも臭いでばれそうなので却下。
う、う、危険度レベル5は目前である!

しかし、節分には豆まきをするような信心深さが功を奏したのだろう。
神は我をお見捨てにはならなかった。
このとき部屋には自転車ごと入れてあったのだ!
素早くボトルの中身を捨て、そこにジョ〜。
フゥ〜、助かった〜

しかーし!ここで気を抜いたのはマズかった!
直後に今度はモーレツな便意が襲ってきたのだ!
しかも猶予許さぬ緊急非常事態宣言である。
またもやレベル5は目前に迫っていた!
しかししかし、お彼岸に墓参りをするような信心深さが功を奏したのだろう。
やっぱり神は我を見捨てることはなかった。
自転車の荷物の中にはビニール袋があったのだ!
ブリブリ...フゥ〜

翌朝、みんなが戻ってきたところで何食わぬ顔して裏の畑にまいておいた。
その年の畑は豊作だったという。

2003年9月24日水曜日

脱プン!その4(シリア編)

トルコ国境まであと数kmというシリアの片田舎で居候していた時のこと。
夕食に何か傷んでいたものがあったようで家の者の数人が下痢にみまわれてしまった。
みんな夜中も次々とトイレに駆け込む。
しかし田舎なので夜間は水道がストップ。
缶に汲み置きされた水がどんどん減ってゆき、腹が痛いよりもこのままじゃ尻洗えなくなるのでは・・・の恐怖に襲われていた。

翌日、運悪くこの日がシリアビザの限界だったのでゲリゲリのまま出発しなければならなかった。
国境を越えトルコに入ったところでダウン。
その辺に野宿しようと準備していた。
すると農作業帰りのトルコ人が来て
「そんな所で寝ないでちょっとついて来な」
と誘ってくれた。
コンテナを改造した仮宿泊所へ。

深夜一人で寝ていたとき、それは襲ってきた。
ヤバイ!と立ち上がった瞬間、彼らは自由を求め旅立っていってしまった。
近くの川で蚊にボコボコに刺されながら体と服を洗ってコンテナの中も洗い流しておいた。
しかし翌朝やってきた人らが中に入るなりしかめっ面して洗浄を始めてしまった。
情けないやら申し訳ないやら・・・

強烈な思い出から始まったトルコ初日であった。

2003年4月25日金曜日

脱プン!その3

二度目は逆に灼熱40度下のインド。
夜通し扇風機の風を浴び冷えて腹を壊し「究極の下痢状態」にあった。

昼間はとにかく暑い。
パンツ一丁で仰向けで寝ていたところ5ヶ月ぶりにそれはやって来た。
「来た!」と思った瞬間、素早く身を反転させる。
0コンマ数ミリのパンツの生地を液体が浸透するよりも速い反応速度で動けたことによりベッドの汚染は回避できた。
その後汚れた体とパンツを洗い流し再び横になって30分後、何とまたまたそれがやって来たのだ。
今回も瞬間で身をひるがえし事無きをえ、その機敏さをアピールすることで来期の契約も更改できた。

教訓
「第二波は忘れた頃にやってくる」

脱プン!その2

一度目はヒマラヤ越え中の時であった。
標高5000m弱、外気温零下10度で野営中のことである。
ありったけの服を着込んで寝袋にくるまる身は「究極の下痢状態」にあった。
寒すぎて眠れない中フト寝返りをうった時、何の前触れもなくそれは起こった。
ウワッと思ったが時既に遅し。
寒風吹きすさむ中外に出て残り物を放出しテント内に戻った時まず考えたのは、このままだと尻が凍傷になるのでは・・ということ。
しかしこの寒気の中下半身の衣服すべて脱ぐのはつらすぎたことと、もう随分はき続けていて充分汚いであろうことからパンツの交換はせずそのまま寝続けた。
あんまりいい気分ではなかったが・・・

その時ふと気が緩んだのだろう。
なんと再び何の前触れもなくそれが起こってしまったのだ!
またまた寒風吹きすさむ中後処理。
トホホ、、

脱プン!その1

よわい30の男が公共の目に触れるこの場でこんなことを堂々と発表するのも情けないが、今回の旅中で既に8回ウンコをもらしている。
そのうち4回は下痢をしていて屁をしようとしたら実まで出ちゃった、というパターンであり、それならこれを読んでる読者諸氏も
「その経験なら僕も私もあるあるあるある・・・」
と100人に聞きました的うなずきをしてしまうところであろう。

しかし私にとってはもはやそれごときクソもらしは話題にすべき程の事ではない。
ここで取り上げたいのは更にその上を行く
「究極の下痢状態におけるクソもらし」
である。

「普通の下痢」と「究極の下痢」の境目をどこに置くかに統一的見解はなく研究者によりまちまちであるが三輪式分類法によるところはこうである。

チベットの田舎の民家ではトイレは灰捨て場も兼ねている場合が多い。
究極の下痢状態でこの灰捨て場で脱プンすると固形物が無いためすべて浸透してしまい、跡に残るは染みのみとなる。
こういう状態を「究極の下痢」と称す。

さて、究極の下痢状態に陥った時に最も恐れるべき事態は「屁をしようとしたら出ちゃった」ではなく「何もしてないのに勝手に出ちゃった」的クソもらしをしてしまうことにある。
その体験をお話してゆくことにしよう。