2003年6月11日水曜日

刺線な視線

まだまだバングラデシュには外国人旅行者が少ないので、どこに行っても好奇の目で見られます。
しかもその見方というのがチラチラ見るとかじゃなくて、一心不乱に凝視してくるのです。
食堂にでも入れば従業員・客の全員から大注目を浴びるのは必至。
別にガンを飛ばしているわけじゃなくて気になるから見ているわけで、こっちから笑いかければ向こうもニコッ。

さすがにこういう露骨な見方をするのは男性だけであり、女性の方はもう少し遠慮気味。
ある時下校する女学生の群れに会いました。
やはり皆私の方を見ています。
そこでこっちもそちらの方に顔を向けると全員がぱっと顔を背ける。
また別の方に顔を向けるとそちらもぱっと顔を背ける。
まるで回遊している魚が一斉に向きを変える様を見ているようでした。

このような注目度は中東の方でも体験したことがあり、始めの頃はそのジロジロ感がとても気になったのですが、目の前に珍しいもの(私のこと)があるから見たいと思っているのなら、私にとっても珍しいもの(アラブ人)があったら見ても構わないんだ、と思えたら気が楽になりました。

ある時トルコで眉毛のつながった人がいました。
アラブ人トルコ人は毛深い人が多いので眉毛のつながったのは珍しくないんですが、何とその人の眉毛は横真一文字につながっていたのです!
これはじっくり見とかなきゃ損だ、とジロジロ見続けていたら、しばらくしてその人は嫌そうな顔をしてどっか行ってしまいました。
「勝った!」と思った瞬間でした。

そして時は過ぎ長い旅から日本に帰った時。
成田から都心に向かう電車の中に女子高生が乗ってきました。
久し振りに見るミニスカート・ナマ足・ルーズソックス!
その珍しさに思わずクセでジロジロ凝視してしまいました。
やがてその子は「何よこの変態!」って顔で別の車両に移ってしまいました。
「負けた・・・」と思った瞬間でした。

マイノリティ

インドにおける宗教人口割合は、ヒンズー73%、イスラム15%ぐらい。
バングラにおいてはそれがほぼ逆転し、イスラム88%、ヒンズー10%。

インドにおいては宗教マイノリティーであるイスラム教徒たちは、男はみなトルコ帽にムスリムスーツ、女は顔まで覆う真っ黒なチャドルを着ている。
しかしバングラにおいてはムスリムでもその格好をしているのは少数派で、男は洋服だし女はサリーを着ている。
やはりマイノリティーたちは自分たちのアイデンティティを誇示するためにそうせねばならないのだろうか。
乾燥しているならまだしも、蒸し暑いカルカッタにおいてはさすがにつらいのか、顔の覆いだけは外している女性が多かった。
やっぱり暑いんだろう。

この点は中国において大多数の漢民族が洋服なのに、少数民族は普段から民族衣装を着ている、というのも同じ理由なのかも。

文化の境界

インドにおいてうなずきの仕草は首を横に振ります。
バングラデシュ人は縦に振ったり横に振ったりとあいまい。
お隣のビルマではどうかな?
もし縦振りだったらバングラデシュが境界ということになりますね。

他の例として5本の指先をくっつけて手をすぼめる形はエジプト・ヨルダンあたりでは「止まれ」を意味するのですが、トルコにおいては「ベリーグッド!」を意味するのです。
間のシリア北部の人たちは両方の意味で使っていてややこしかった。

また中国において「ありがとう」の言葉は、
普通話では「謝謝(シェイシェイ)」、
広東話では「多謝(ドーチェ)」。
ちょうどその境界あたりの山間の村では「ドーシェイ」と言っていました。

こうなるとサリー着用の境界、手掴み食いの境界、尻水洗いの境界も気になるところですね。

ものすごいドナドナ

インド・カルカッタに着いたときにまず不思議に思ったことは牛が全く見当たらないこと。
私が歩いて見た限りではなく、他のツーリストに聞いてもやっぱり見たことない、と言うのです。
他の土地では必ずどこに行ってもいて、インドの風景に溶け合っていたのでカルカッタは何かインドのようでインドでない感じ。

考えられる理由としては・・・
1。町の近代化、交通渋滞防止のために政府が駆除(?)した。
2。牛肉OKのイスラム教徒が食べてしまった。
3。たくさんいる乞食の方々が背に腹は変えられず食べてしまった。
4。宇宙人に拉致された。

結局なぞは解けぬままバングラデシュに来てしまったのですが、あるバングラ人がこう言っていました。
「バングラデシュは食用としてインドから牛を輸入している」

1億4千万人のムスリムバングラ人の胃袋を満たすためバングラデシュから目と鼻の先にあるカルカッタから大量の牛が輸出されてしまったため消えてしまった・・・
考えられなくもないですね。

インドでは過保護にされ、八百屋の商品をのうのうと盗み食いしたりしている牛たちも、うかうかしてたらバングラ人に食べられちゃうぞ〜!

2003年5月24日土曜日

イケニエ

カルカッタにカーリー寺院という寺があります。
ここでは毎朝カーリー神への生け贄としてヤギの首がはねられます。
もがくヤギの首を押さえつけ巨大なナタでスパン!
首が落ちるとそのままグデッとなるかと思ったら、ヤギは結構しぶとく30秒ほど足をバタバタさせもがくのです。
その足がさっきまでついていた自分の頭を蹴っ飛ばし、間近で見ていた私の足元へコロコロと転がって来たからビックリ!!
ヤギさんと目が合ってしまいました。
おお神よ!!

ある日・・・

ついにここを去る日が来ました。
いつもはただ過ぎてゆく時間が、今日は一分一分がその時までのカウントダウンのようで貴重に感じられます。
「明日からは子供たちの『カジュー!カジュー!(私のこと)』という声がなくなって静かになっちゃうね。」
そう言われるとますます寂しさ募ります。

5ヶ月過ごした部屋を整理していると、次々と家族の人がやって来て、旅の安全を祈って、と首・腕・指にいろいろなお守りをいただきました。
せっかく荷物を少しでも軽く、と思っていたのにすげー重い壁絵などももらってしまって嬉しいやら困るやら・・

出発の時間は刻々と迫って来ます。
みんななぜか無言。
言わねばならない、でも言いたくない・・・。
よし、あの秒針が12の所を指したら言おう、思わず顔を伏せてしまいました。
この顔を上げなければ秒針はもう一回り猶予を与えてくれる・・・
しかし顔を上げるとちょうど針は12の所を指していたのでした。
「じゃあ、もう出発するよ。」

玄関まで総勢20人以上の家族全員が見送ってくれました。
一人一人と握手し別れの挨拶。
みんな複雑な表情。
こっちも思わずジーンと来てしまいます。
すると中の一人が言いました。
「またきっと戻ってくるんだよ!」

そうだ、私はまたここに戻ってくるんだ。
メソメソなんかしてられない!
込み上げてくる熱いものをグッとこらえて笑顔に戻って言いました。
「また、会いましょう!!」

バラナシの、ある暑い日の出来事です。

2003年5月19日月曜日

打ち出の小槌

いくら貧乏旅行といってもやっぱりお金は必要。
現地通貨を得るための方法としては・・・

1。米ドルキャッシュを両替
 長所:これを両替で断られる事はない。普段の支払いがドルキャッシュでOKの場合もある。
 短所:盗まれたら一巻のオワリ。円→ドル→現地通貨の二重両替になるので目減りする。
2。トラベラーズチェックを両替
 長所:盗まれても再発行してもらえる。
 短所:多額になるとかさばって胴巻きがパンパンになる。
3。Citibankのカードで引き出し
 長所:手数料不要(残高が十分あれば、だけど)
 短所:使えるATMがそんなにない。
4。Visaカードでキャッシング
 長所:使えるATMがそこらじゅうにある。ATMが使えなくても窓口にパスポートとサインでOKの銀行・両替商多し。
 短所:借金だから当然利子がつく(ただしTCが作る時1%、両替時にも手数料取られる事が多いことを考えると、翌月返済できるならこっちの方が得なこともありうる)
5。現地人の子供に「ジャンプしてみろ!」と言って、チャリンチャリン音がしたらカツアゲする
 長所:元手が要らない
 短所:多額を引き出すのは困難

2003年5月6日火曜日

鈴木くん佐藤くん

突然ですが「鈴木くん」「佐藤くん」というお菓子を知っていますか?
「知ってるよ」と反射的に答えてしまったアナタ。
おそらくアナタの年齢は25歳以上ですネ。
いや、じつは私は今もそのスナック菓子のパッケージがデザインされた巾着袋を使っているのですが、それを見た人が「何ですかこれ?」とか「佐藤さんという名前なんですか?」とか聞いてくるのです。
オー、この一世を風靡したお菓子を知らない世代かー!と自分の年齢を感じてしまう瞬間でありました。

旅と全然関係ない話でゴメンナサイ。

モンキーマジック

バラナシには猿がいっぱいいます。
しかも結構狂暴で洗濯物を持っていってビリビリに引き裂いたり、家の中にも堂々と入ってきて物を奪っていったり。
私がベランダの扉をあけたままにして寝ていても勝手に入ってきてお菓子や果物を何度か盗られました。
被害総額はかなりなもんです。
地元の人もほとほと手を焼いているようで棒を振りかざして追い払っている姿をよく見かけます。

そんなんでも決して退治したりはしない。
なぜならヒンズー教には「ハヌマーン」という猿の神様がいるからです。
先日道に猿の死体が転がっていました。
みんなでお線香を立て、供養してました。

牛といい猿といい、えらいもんを神にしてしまったもんですね。
でも逆に考えれば、この程度ですんでよかったのかも。
ハエ・蚊まで神様だったら、それこそ「生類あわれみの令」状態ですからね。

2003年5月4日日曜日

超犯罪都市

人通りの少ない路地裏を歩いていた時のこと。
一人の男が話し掛けてきた。

「私はガイドではなくただあなたと話がしたい。」
典型的なガイド勧誘パターンなのでムゲなく断るとその男はアッサリと引き下がっていった。
妙に弱気だな?と不思議に思って再び歩き出したその直後にまた別の男が寄ってきて話し掛けてきた。

「俺はポリスだ。お前は今アイツと何を話していたのだ?お前をボディチェックする必要がある!」
その男はどう見ても普通のそこら辺にいるインド人オッサンだったので、こりゃニセ者だな、とすぐピンと来た。

「だったらポリスの証明書を見せてくれよ。」
「い、いや、今はないが私はポリスである!」
「だったらこんな路地裏じゃなくてポリスステーションでならボディーチェックを受けますよ」
そう言って逆にオッサンの腕をつかんで大通りの方へ引きずり出そうとしたら腕を振り払って逃げていった。

ニセポリスに逢ったのはこれで2度目だ。
1度目はトルコのイスタンブールでのこと。
道を歩いていたら横に車が停まって、中の男が「私はポリスだ。ボディチェックする!」ときた。
「手帳を見せろ」というと、その男はちゃんと手帳を持っていた。
でもその手帳の表紙にはトルコ語で「POLIS」と書くところ、ワザワザ英語で「POLICE」と書いてあったオモチャの様な手帳だったので素早くその手帳を奪って道の向こうに放り投げてダッシュで逃げた。

長らくこの町に居たせいで、やや危険に対する警戒が薄れていたところだったので気を引き締め直す丁度いいきっかけになりました。