2007年3月18日日曜日

チベットの恩返し その4 『幸せ配達人』

私がダラムサラに来た目的の一つが小包配達であった。
その荷物は、ラサのお寺にいる尼さんに私がこれからダラムサラへ行くということを話した際、「それなら私の兄(僧侶)が亡命してそこの寺にいるので荷物を届けてほしい」と託された物だった。

チベット(中国領)⇔ダラムサラ(インド領)でも電話で話すことはでき(もちろん中国当局により盗聴されている)、手紙も送れるし(もちろん検閲される、そしてたまに消える。私が以前インド→ラサで出した手紙は届いていなかった)、荷物も送れる(がやっぱり開封される)。
しかし何といっても確実なのは郵便局を通さず人の手を通しての配達だろう、ということで私に白羽の矢が立ったわけだ。

果たしてどんな大切な物を託されるのだろう?とドキドキしながら取りに行ってみると、渡されたものは何と「豆」。
しかも小型枕くらいの大きさでかなり重い。
これからヒマラヤ越えねばならぬのに…と少々たじろいでしまったが「この豆はロサール(チベット正月)のお供え物として欠かせないのですが、インドでは採れないものなのです」と説明され俄然やる気が起きた。絶対届けます!!

という訳でその豆担いでヒマラヤ越えてタライ平原を西に突っ切って標高1800mのダラムサラへ到着した。
あとはその人のいる寺へ行って渡すだけなのだが、数千人規模の亡命僧のいる寺もいくつかあるくらいなので探すのに四苦八苦するかも、と心配していたが、その寺内でブラブラしていた坊さんに名を告げるとアッサリ見つけ出してくれ、アッサリ手渡すことに成功した。
通じる言葉がチベット語しかなかったので説明するのが大変かと思われたが、その妹(ラサの尼)の写真と共に渡すとすぐ理解してくれた。
どうもありがとう、と出してくれたコーヒーはインド風のとても甘い味だった。

9年振りに添えられた豆と共に2月18日、チベットの新年は明けた。

(写真:ラサに住む妹(左)とダラムサラに住む兄(右))