2002年12月3日火曜日

チベットの恩返し その3『巡礼の果てに』

10月28日はチベットのお祭りであった。
ラサ最大の聖地ジョカン寺にはいつもよりもはるかに多くの巡礼者が集まっていた。

この寺の御本尊はシャカムニ像なのだが、それを拝むためには大行列に並んでひたすら待つ覚悟が必要である。
オレも毎日のようにジョカンに赴くものの、行くたびにその大行列を見て諦めて帰っていた。
その日はしかも祝日である。
行列は本堂を飛び出し寺の周りをぐるり一周していた。
その混雑ぶりはGW中のディズニーランドすら閑古鳥の鳴く寂れた遊園地に思えてしまうほど凄まじいものであった。

もはや並ぼうなんて気はサラサラなく、とりあえずこの雰囲気だけでも味わっておこうと寺の周りを歩いていた時である。
その行列の一角からオレの方を指差し何やら騒いでいる一団がいた。
ヤバイ、やはりこの聖なる地に外国人が入り込むのはマズかったか?
オレは恐る恐るそちらを見た。
「アッ!?!?」
声を上げずにはいられなかった。
真っ黒に日焼けし、まだあどけなさの残るその顔、そして額には黒いアザが。
彼らの顔を忘れるはずがなかった。

それはラサまであと300km、最後の峠を越えようとしている時だった。
自転車のオレに道端から声をかける者がいた。
工事でもない、遊牧民でもない、彼らは五体投地で聖地ラサを目指す巡礼者、20歳前後の少年僧4人組だった。
1日約10kmというペースで、実に8ヶ月という気の遠くなるような期間をかけての巡礼だった。
そして残すところあと1ヶ月で聖地にたどり着く、というところでオレと出会ったのだ。
彼らの野営場でオレも一晩明かすことにした。
一般チベット人から托鉢で得たありがたい食料を分けていただくという大変バチ当たりなことをしてしまったが、同じ道を同じ目的地に向かって進むもの同士、話題は尽きず夜がふけるまで語り合った、というのはウソで、オレと同じくらいの中国語レベルの彼らとはあまり話できず暗くなったらすぐ寝た。
お互い疲れていたのだ。
翌朝写真を撮って健闘を誓い合い別れた。
この写真を渡すすべはなかった。
オレだけの思い出で終わるはずだった・・・。

ところがその彼らが今目の前にいるのだ!
何という巡り合わせだろう!!
オレ達は再会を喜び合った。
オレは「ちょっと待ってくれ」と言い残し家へ走った。
そしてあの時の写真を持って再びジョカンへと駆け戻った。
彼らはもう少しで本堂に入ってしまうところだった。
あの写真を渡すと、彼らは嬉しそうに回し見した。
そして周りの人にオレのことを紹介して、一緒にシャカムニを拝もう、と列の間をあけてくれた。
オレは歓迎されながら横入りした。

そこから並ぶこと2時間、オレ達はチベットの最も聖なる寺ジョカンの最も聖なる御本尊シャカムニ像を一緒に拝むことができた。
外に出てオレ達はまた一緒に写真を撮った。
以前撮った写真には、澄んだ青空と白い雪山と笑顔の4人が写っている。
そしてその日のラサにもあの時と同じ、澄んだ青空と白い雪山、そしてあの時以上の笑顔を見せる4人がいた。