2005年6月7日火曜日

幅5mmの攻防


9年5ヶ月前に作ったパスポートの期限が迫ってきた。
このあと中国の1年ビザを取りたいと思っているので、ここシンガポールで更新の手続きをしなくてはならない。
日本大使館のパスポート窓口で順番を待つ。
ハンコの並んだパスポートをペラペラやりながら9年5ヶ月前の東京有楽町のパスポート発行センターでの出来事を思い出していた。

春休みの学生旅行シーズン前のため大行列ができていた。
随分待たねばならなかったがやっと順番が来て必要書類と写真を差し出した。
すると窓口の男は写真に定規を当てて冷たく言った。
「頭の上の空白が4mmしかなく『1mm』足りませんね。駅前で撮り直してきてください。」
ウブだったオレは体制に反抗する、というすべを知らず、なぜ1mmくらい…と思いながらも言われるままに写真を撮り直していた。
しかしその反抗の思いは表情に現れていた。
今自分で見ても「これは本当に自分か?!」と疑うようなムッとした顔で写っているのだ。
おかげで時々各国の入国の際、本物と写真の顔をかなり比べられる。

話は現在のシンガポールに戻る。
あの時と同様、手には必要書類と写真。
その写真は前にバングラデシュの写真館で撮ったものだったがどう見ても頭の上の空白が3mmくらいしかない。
順番が来てオレはそれを差し出した。
係の女はやっぱり写真に定規を当てシブイ顔をして言った。
「ちょっと上の空白が…」

だがオレはもうあの時のようにウブではない。
都合30カ国以上、10年のうち4年間は海外にいて、幾多の困難をくぐり抜けてきた旅のプロだ、猛者だ、達人だ、つわものだ、やり手だ、巧者だ、老師だ、先生だ、ティーチャーだ、マスターだ、導師だ、グルだ。

オレはニコヤカな笑顔で言った。
「そんな固いこと言わないで下さいよ」
女は「ちょっとお持ちください」と言って奥へ入っていった。
上司に相談しているのだろうか。
そして戻って来た彼女もニコヤカに言った。
「これでも大丈夫です」

旅は人を一回りも二回りも大きくさせるものだ。

(写真:旧パスポート)